~事業承継~ 自社株を信託する「株式信託」
(本稿は、普段より専門用語を多めに使用しています。実際の相談では平易にご説明いたします。)
事業承継の相談の中で、選択肢に挙がるのが、自社株を信託する「株式信託」です。
ただし、不動産の信託と比べて論点が独特で、設計を誤ると使えない制度が出てきます。
■ 議決権と財産価値を分けて渡せる
株式信託の最大の特徴は、株式に含まれる「議決権」と「配当などの経済的価値」を切り離せる点です。
たとえば現オーナーを委託者、後継者を受託者、オーナー自身を受益者とする自益信託を組めば、議決権の行使は受託者である後継者が行い、配当を受け取る権利はオーナーに残ります。
つまり「経営権は先に渡すが、財産権はまだ渡さない」という段階的な承継が可能になります。株式を単純に生前贈与するだけでは実現できない設計です。
■ 指図権でブレーキを残す
「後継者に任せたいが、重要事項はまだ自分で決めたい」という場合には、議決権行使の指図権をオーナーに留保する設計が使われます。
受託者は後継者でも、議決権の行使方法についてはオーナーの指図に従うことになり、実質的な決定権を手元に残せます。
逆にオーナー自身が受託者となり、受益権だけを後継者に渡す自己信託という方法もあります。
※ただし自己信託は公正証書等の書面によらなければ効力が生じません(信託法4条3項)。
■ 相続時の「株式の準共有」を避けられる
個人的に最も効果が大きいと思うのがこの点です。
遺言も信託もないまま経営者が亡くなると、自社株は遺産分割が終わるまで相続人全員の準共有状態になります。
この場合、権利行使者を1人定めて会社に通知しなければ議決権を行使できず(会社法106条)、その指定は持分の過半数で決めるとされています。
相続人が対立すると株主総会が開けず、役員の選任すらできないまま会社が止まってしまうのです。
信託を遺言代用型にしておけば、オーナーの死亡により後継者が受益権を取得するため、遺産分割協議を経ずに議決権の行使者が定まります。
承継先を二世代先まで指定する受益者連続型も設計できますが、他の相続人の遺留分への配慮は欠かせません。
■ 株主名簿への記載を忘れると対抗できない
会社法154条の2第1項は、株式が信託財産に属する旨を株主名簿に記載または記録しなければ、そのことを会社その他の第三者に対抗できないと定めています。
不動産のような信託登記の制度が株式にはないため、株主名簿の記載が事実上唯一の公示的な手段になります。
中小企業では株主名簿自体が整備されていないことも珍しくなく、信託の前段階として名簿の整備が必要になるケースも多くあります。
なお、譲渡制限株式であれば、信託による移転についても会社の承認手続きが必要です。
■ 受託者を誰にするか、利益相反をどう処理するか
株式信託では、受託者となった後継者が議決権を行使して自分自身を取締役に選任し、役員報酬を受け取るという場面が想定されます。
信託法31条は受託者の利益相反行為を制限していますが、同条2項は信託行為にその行為を許容する定めがある場合を例外としています。
そのためは、想定される議決権行使の内容をあらかじめ信託契約に書き込んでおくことになります。
また、受益者連続型を設計する場合は、信託がされた時から30年を経過した後は、新たに受益権を取得する受益者は次の一代限りとなります(信託法91条)。
何代先まで指定できるかには限界がある点も、設計段階で説明しておきたいところです。
■ 事業承継税制とは併用できない
事業承継税制(納税猶予)の対象は、贈与または相続により取得した非上場株式等であり、信託受益権の形で承継した場合は対象になりません。
つまり、株式信託を選ぶということは、この納税猶予を使わないという選択とセットになります。
納税猶予を使うのか、信託で柔軟性を取るのか、税理士と連携しながら早い段階で方針を決める必要があります。
■ まとめ
株式信託は、議決権と財産権を分けられる柔軟な仕組みである反面、株主名簿の整備、譲渡制限の承認、税制との関係など、会社法と税務の両面からの検討が欠かせません。
日吉司法書士事務所では、自社株の承継についてもご相談を承っています。
遺言書作成、生前贈与、家族信託、成年後見、死後事務委任契約などの生前対策・終活から、不動産の名義変更(相続登記)、預貯金・株式・保険等の相続手続き、相続放棄などの相続発生後の手続きまで。
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